
2009年6月23日(火)、急に思い立って横須賀線の電車に乗り、横浜から千葉まで行った。そこから内房線に乗り換えた。6月の初めから、お天気になったら撮影したい写真があり、ずっと青空を待っていたが、生憎の梅雨空でいつまでたっても撮影のチャンスがなく、いい加減くさくさしていた。
内房線に乗り、長浦という駅で降りて近所に「よろずや」という食堂がある。つげ義春の昭和45('70)年のマンガ「やなぎ屋主人」の舞台となった食堂、その地である。熱心なファンの方がそこを訪れた記事をいくつか、インターネットで読んだ。食堂内の様子は、40年も前につげ義春が描いたマンガの絵と現在も変わっておらず、そのままだという。横浜からは2時間弱でいける。また翌日も天気が悪ければこれに行こう、と思うともうたまらなくなった。そして翌日、自作人形の「ゲンセンカン主人(これもつげ義春マンガのキャラクター)」を持って、出かけた。
紅い真っ赤な
ハマナスが
海を
見てます
泣いてます
あれは去年の
4月頃
だった
あの唄をきいて
ぼくは突然
海が見たく
なり
新宿から
房総行きの列車に
とび乗って
しまった
のだ
あの頃はいつも
あんな衝動に
かられそうな気持ちに
なっていた
作中より。今なら、その時のつげ義春の心情が分かる気がした。空はどんよりと曇っている。・・と独り寂寥感に浸っていたら、千葉につく頃には次第に青空が明るく広がった。あれ? 何か違うぞ(笑)。

長浦の駅を降りた。とりあえず海の方に向かった。ネットの記事で、駅から街道を歩いた道沿い、駅近くの地図に「よろずや」の文字がある、とだけ知っていた。何百メートルか歩くと、道路と、向こうに工場が見える埋立地だけになった。これはまずいと、駅に引き返した。駅前の地図があったのでまじまじと見直したが、どこにもよろずやが書かれてない。
ここまで来て見つからなかったらと思うと、気持ちが暗くなってきて、ああこれこそつげ義春の旅にふさわしいなどと考えようとしたが、いや笑い事ではない。だんだんドキドキしてきた。携帯で、ネット記事をもう1度見直してみた。駅から階段を降り・・とある。そういえば、海側だとばかり思って歩道橋を渡るために階段を登って降りたが、その横にもうひとつ下りの階段があった。そこから少し歩くと、”大衆食堂”の暖簾の店がある。・・これだろうか?
簡単に見つかると今度は逆に拍子抜けしてさらにドキドキする。向かいの薬屋さんで尋ねてみると、そうだという。店に向かった。暖簾を分けて、戸を開けた。

店内には、おかみさん、そしてご近所さんだろうお爺さんとおじさんがビールを飲んでいた。不審人物と思われないよう、軽く会釈して目だけで素早く店内を見回すと、私のすぐ正面に、つげ義春が入ったコタツの部屋、右奥には、マンガのコマと同じだという入り口と岡持ちがあった。本当にここがそうだ。
左側に貼られたお品書きに「カツ丼 七五〇」の文字があった。つげ義春が食べた、そのカツ丼を食べに来たのだ。
「え…と、カツ丼下さい」
おずおずと注文した。すると・・
「あらっ!!」
おかみさんは、いたずらっ子を見つけたように笑って、あらやーねぇ奥さんといった感じのよくある手振りで、右手をぽんとこちらに振った。
「あぁー、ハイ、…そうです」
私も苦笑いで答えた。これで全て通じてしまった。あー、緊張した(笑)。

コタツの部屋。土壁と木の柱。子供時代に知っている、父、母の改装前の実家を思い出す。窓の向こうがすぐ山肌になっているのが、昨年暮れに亡くなった私の父の実家と偶然同じだった。
おかみさんは、とてもチャーミングで、快活な方だった。ご近所さんのお二方に、私の目的を説明してくれた。今年は私で3人目(3組)だと。一昨年くらいからつげファンの来店が増えたようだ。ご迷惑でないかお尋ねすると、「もう大歓迎よ。どんどん来て頂戴」。写真も「どこでも自由に撮って頂戴」と。・・ファンにとってはさすがに伝説の店なので(笑)、実はまだ緊張しているのだが、おかみさんの明るさのおかげで気持ちがほぐれてきた。カツ丼が出来るまで、ビールを1本頼み、飲んだ。
「こうして、飲める酒をわざと飲んでみるのも…」と呟いた。(※)作中では「飲めない」ですよね。

カツ丼が出来上がった。これが、つげ義春も食べた、あの、カツ丼である。おかみさんがトントンと肉を切る厨房が席から見え、まさにおふくろの味。ウエストポーチからゲンセンカン人形を取り出して、記念撮影。
「この人形の、これは違うマンガですけど、お面を取った状態がこちらのマンガ(「やなぎ屋主人」)と大体同じなんです」
お二方のご近所さんの、ご年配の方のおじいさんが、私が店に入った時にちょうどお酒が適量になっていたので、おかみさんが車で送っていくという事で、もう一方のおじさんと私とで留守番をする事になった。「カツ丼ゆっくり食べててくださいね」
おじさんがその頃住んでいたという、昭和40年代の新宿の様子などを聞かせて頂いた。ビリヤード・バーや、フォーク・ミュージシャンや大立者のお話。小旅行で、何か得した気分。本当につげ作品の世界に来たようだ・・。

マンガのコマと、本当にそのまんま、岡持ちの位置まで同じだった右奥の入り口。岡持ちはずっとこの位置なのだという。

おかみさんが戻られたので、お断りをしてゲンセンカン人形で記念撮影。

お礼に、おかみさんのポートレートもたくさん撮影させて頂きました。ゲンセンカン人形を抱っこしてもらって(笑)。ありがとうごさいました。この後プリントして、お送りしますね。

おかみさんお勧めの、この店一番人気の撮影スポット。「ちょっと神様の横を失礼します」と、台所の神様にご挨拶をして、ゲンセンカン人形を横に立たせて頂きました。
さて写真を撮ったり、楽しくお話させて頂いている間に、ずい分時間が過ぎた。おかみさん、また来ます。ありがとうございました。そろそろ暗くなる前に、海の方の写真も撮影しておこうと、ひとまずよろずや食堂を後にした。
やなぎ屋主人(+G)/つげ義春 〜よろずや食堂探訪記 後編〜 に続く